大阪地方裁判所 昭和38年(行)13号 判決 1966年4月12日
原告 堀田薫
被告 大阪市長
主文
一、被告が、原告の昭和三七年六月六日付公衆浴場(特殊浴場)営業許可申請に対し同年九月一二日付大阪市指令(衛)第六三二号をもつてなした営業不許可処分は無効であることを確認する。
一、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一申立
(原告)
主文第一、二項同旨
(被告)
(1) 本案前の申立
「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
(2) 本案の申立
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二主張
(原告)
―請求の原因―
一、(原告の営業許可申請)
原告は、昭和三七年六月六日、大阪市西成区山王町四丁目一二番地において公衆浴場、(トルコ風呂「ニユー世界」、以下本件浴場という)を経営するため、被告に対し、公衆浴場の営業許可申請をした。
二、(被告の不許可処分)
被告は、原告の右申請に対し、同年九月一二日、大阪市指令(衛)第六三二号により原告の浴場設置場所が周辺既設浴場との距離関係において大阪府公衆浴場法施行条例(以下、府条例という)第二条の規定に定める配置の間隔を有せず、公衆浴場法(以下、法という)第二条第二項本文後段(以下、これを適正配置に関する規定と称す)にいう設置の場所が配置の適正を欠くとして、これを不許可処分にした(以下、本件不許可処分という)。
三、(本件不許可処分の違憲無効)
しかし、右適正配置に関する規定および府条例第二条の規定は、本件浴場の如きトルコ風呂について適用される限り、憲法第二二条第一項の職業選択の自由の規定に抵触し違憲無効のものであり、したがつて、これを適用してなされた本件不許可処分もまた違憲無効である。
(一) 本件浴場の形態―銭湯との相異―について
(1) 通常の公衆浴場すなわち一般に銭湯と呼ばれる浴場は浴場内に大浴槽を設けることによつて温湯等を利用し不特定多数の大衆が間断なく入浴できる構造設備を有し、かつ、その浴場所在地附近に居住する住民が労働の疲れをとり身体の清潔を維持するため日常反復して継続的に利用する形態のものをいい、周辺の住民の日常生活と密接に結びつきその健康維持に資するものであるため、その入浴料金は、物価統制令により一般大衆が継続的、反復的に利用するに親しむ程度の低廉な料金に押えられているが(大阪府下においては大人一回の入浴料金が二八円であることは公知の事実である)、反面、大阪市水道事業給水条例、同施行規定によればその公益性を考慮しこれに使用する水道の使用料は低額に定められている。銭湯はこのような意味で大衆性、公共性を有する浴場である。
(2) これに対し、原告の経営する本件浴場は、世情一般にトルコ風呂と呼ばれているものであつて、三〇室の個人浴室のみからなり、各浴室には蒸気槽、洋式風呂、マツサージ台の設備があり、利用者に対しては婦女が身体のマツサージ等のサービスをなし簡単な飲物(ジユース、酒類)を提供するもので、銭湯とは構造、営業形態を著しく異にし、入浴料金についても物価統制令の適用はなく、一人一回、一、三〇〇円である。
いわゆるトルコ風呂というのは、このような形態のものであるため必然的にその設備に多額の資金を要し、その入浴料金も銭湯のそれに比して高額にならざるを得ないのであり(一般にトルコ風呂の料金は銭湯の料金の二〇倍から五〇倍である)、経済的にみて周辺住民が日常反復して継続的に利用しうるものではなく、これを利用するものの範囲はおのずから限定され、これらの者が特殊な場合又は特殊な目的に利用するにすぎず、一般大衆の日常生活上の保健衛生とは関係なく、むしろ、観光ないし娯楽用として利用されているものである。その意味でトルコ風呂には銭湯のような大衆性、公共性はなく、現に、大阪市は、原告の経営にかかる本件浴場には公共性がないものとして、銭湯のそれに比して高額の水道料金を徴収しているものである。
(二) 適正配置に関する規定の適用について
(1) ところで、公衆浴場法によれば、公衆浴場とは温湯、潮湯又は温泉その他を使用して公衆を入浴させる施設をいうと定義されており(第一条)、原告としても、本件浴場が右にいう公衆浴場の一種であることはこれを否定しない。しかし、そうだとしても、当然に同法の適正配置に関する規定が本件浴場のようなトルコ風呂についてまで適用されるとは言えない。右適正配置に関する規定の設けられた昭和二五年五月当時は、いわゆるトルコ風呂なるものは存在せずその出現も予想されていなかつたのであり、いわゆる銭湯のみがその規制の対象として考えられていたのであるから、適正配置に関する規定が本件浴場のようなトルコ風呂にも適用されるべきか否かは、その立法趣旨等に照し合目的々に判断されるべきである。
(2) しかるところ、右規定の趣旨については、公衆浴場(銭湯)は多数の国民の日常生活に必要欠くべからざるもので、多分に公共性を伴う厚生施設であり、その設立を業者の自由に委せるときは、偏在による利用者の不便、濫立による無用の競争の結果衛生設備の低下を来す等好ましくない影響をおよぼすおそれがあり、こうしたことは公共の福祉に反するが故に、これを未然に防止しようとするものであると解されている。
尤も、右のような弊害を防止するために浴場の設置を適正配置という面から規制することが果して合理的であるか否かは甚しく疑問であり、右規定は憲法二二条第一項の職業選択の自由の規定に抵触する疑いがあるが、その適用を銭湯のような大衆性、公共性のあるものに限れば、入浴料金が物価統制令によつて低廉に押えられていることから違憲性がカバーされているとみられないこともない。
しかし、原告の経営する本件浴場が銭湯と根本的にその営業形態、利用形態等を異にすることはすでに述べたとおりであり、その入浴料金も物価統制令の適用を受けず銭湯の料金の数十倍の高額であるため周辺住民が日常反復して継続的に利用しうるものでなく、周辺住民の日常生活における保健衛生の保持というよりむしろ主に観光ないし娯楽施設として利用されている現状である。すなわち、原告の経営する本件浴場が、銭湯のような大衆性、公共性を有せず、多数の国民の厚生施設というような性格を有しないことは明らかである。このような浴場についての利用者の不便、衛生設備の低下は公共の福祉とは何らのかかわりあいも持たないものというべく、本件浴場のようなトルコ風呂についてまで、適正配置に関する規定を適用すべき合理的理由はないといわねばならない。
(3) 若し、本件浴場のようなトルコ風呂についてまで適正配置に関する規定を画一的に適用すれば、それは既設業者の独占的利益に一方的に奉仕し、反面、新設業者の職業選択、営業の自由を不当に制限するものにほかならず、憲法第二二条第一項の規定に抵触することは明らかであるし、また、既に、トルコ風呂の営業が許可されている地域においては、適正配置に関する規定の距離制限に触れる限り銭湯の営業は許可されないことになり、その周辺住民が不便を蒙り、ひいては公衆衛生上好ましからざる事態が発生することも予想され、まさに、法の目的とする公衆衛生の保持と相反する結果を生じ、その不当なることは言うまでもない。
(4) そして、トルコ風呂と銭湯の設備構造およびその使用目的や入浴料金等の相異からみれば両者が営業上、競争関係に立つものでないことは明らかであり、現に、東京都、神奈川県、兵庫県等大多数の都府県は、設備構造の面からトルコ風呂と認められる限り、適正配置に関する規定を適用しないで営業を許可しており、厚生省もほぼ同様の見解をとつている。また、被告においても、大阪市内のトルコ風呂、「ニユージヤパン」「上六トルコ」「関西トルコ」等については、これら浴場と既設公衆浴場(銭湯)との距離が府条例第二条所定の間隔を有せず同条第三号の例外規定を適用すべき特殊な事情がないにも拘らず、営業を許可しており、被告が本件浴場の営業を許可しなかつたのは全く恣意的で不公平な取扱いと言うほかない。
以上によれば、銭湯のような公共性のない本件浴場についてまで、適正配置に関する規定を適用すべからざることは明白であり、被告は、右規定の適用に関し何らの裁量をなす余地もないのであるから、当然、原告に本件浴場の営業を許可すべきであつた。
しかるに、被告は、原告の申請にかかる本件浴場がいわゆるトルコ風呂といわれる特殊浴場であることを認識しながら、あえて適正配置に関する規定およびこれにもとづく条例の規定を適用して本件不許可処分をなしたものであるが、これは、明らかに法律の適用を誤り、不当に原告の職業選択の自由を奪うものである。そして、右適用の誤りは、単なる法律の適用の誤りと次元を異にし、職業選択の自由を保障する憲法第二二条第一項の規定に抵触する重大明白な誤りを犯すものであり、本件不許可処分は違憲無効である。
よつて、原告は適法に本件浴場を経営し得る地位にあるが、現行法上かかる地位にあることの確認を求める訴は提起できず、現在の法律関係に関する訴によつては目的を達し得ないので、本件不許可処分の無効なることの確認を求めるものである。
―本案前の抗弁に対する主張―
被告は原告が本訴につき訴の利益を有しない旨主張するが、本件浴場については適正配置に関する規定はその適用を排除さるべきものであるところ、原告の営業には、配置の適正に関する点を除けば何ら許可を拒否さるべき事由はなく、当然許可さるべきものである。したがつて、原告は、本来適法に営業をなし得べき立場にあるにも拘らず、本件不許可処分によりこれを否定され、更には、被告から無許可営業として告発された結果、刑事責任を追求されている。原告としては、一日も早く適法に営業をなし得べき立場にあることを明らかにし営業の許可を受ける必要があるが、現行法上、原告が適法に営業をなし得べき地位にあることの確認を求める訴は認められておらず現在の法律関係に関する訴によつてはその目的を達することができない。
もし、原告が本訴につき訴の利益を有しないとなれば、行政庁の恣意的な誤つた判断により、本来、正当に行使し得べき職業選択の自由、営業の自由を不当に制限されながらこれを受忍せざるを得ないことになり、国民の権利の保障は全うされない。かかる不合理は許されるべきでなく、原告が本訴につき訴の利益を有することは明らかである。
(被告)
―本案前の抗弁―
一、原告は、本件不許可処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しない。
原告は、本件不許可処分があつた昭和三七年九月以降も引続き本件浴場の経営を継続している。これは、明らかに公衆浴場法第二条に違反する無許可営業であるが、同法にはかかる違反者に対する制裁としてその第八条に罰則の定めがあるのみで、行政処分その他の規制については何ら定められておらず、原告が営業を続ける限り、それが違法であるとしても格別の不利益を蒙るものではない。すなわち、原告は、本件不許可処分を全く無視し、事実上、許可を受けたと同様の状態で営業を継続しているものであり、本件不許可処分の無効確認又は取消により回復すべき利益を既に回復しているとも言い得るから、原告は本訴につき訴の利益を有しないといわざるを得ない。
なお、原告が、本訴の結果如何によつては右無許可営業について刑事責任を免れ得る余地があるとしても、そのことだけでは、行政事件訴訟法第三六条にいう法律上の利益を有する者とするに足りない。
二、仮りに、本訴を本件不許可処分の取消を求める取消訴訟とみても、原告が、本訴を提起した昭和三八年三月二九日(被告訂正は同年六月七日)には、すでに行政事件訴訟法第一四条、附則第七条所定の出訴期間を経過しているから不適法として却下を免れない。
以上、いずれにしても本訴は不適法であり却下さるべきである。
―請求の原因に対する答弁―
一、原告がその主張の日時にその主張の如く本件浴場の営業許可申請をしたこと、これに対し被告が昭和三七年九月一二日原告の主張するような理由で本件不許可処分をしたこと、本件浴場が一般にトルコ風呂と呼ばれている浴場でその入浴料金について物価統制令の適用を受けておらず、一般公衆浴場いわゆる銭湯とはその営業形態等において異なる面のあることは認めるが、本件浴場には適正配置に関する規定は適用さるべきでないとの主張は争う。
二、本件浴場が一般にトルコ風呂と呼ばれるものであるとしても、一般公衆が利用するという面では、普通浴場(銭湯)と何ら異なるところがなく、公衆浴場法にいう公衆浴場であることは原告の自認するとおりであり、府条例の適用を受ける公衆浴場の範囲も同法のそれと同じであるが、法および府条例はトルコ風呂と普通浴場(銭湯)と何ら区別して取扱うべきものとしていない。したがつて、トルコ風呂である本件浴場についても適正配置に関する規定および府条例の適用さるべきことは明らかであり、適正配置に関する規定の合憲性については、昭和三〇年一月二六日最高裁大法廷判決等により職業選択の自由を保障する憲法第二二条に反しないとする判例が確立している。処分庁たる被告としては、法およびその委任の範囲内で適法に制定された府条例の定めるところに従う義務があり、これを適用してなされた本件不許可処分には何らの瑕疵(違法)はない。
三、原告は、トルコ風呂と普通浴場(銭湯)との差異について、トルコ風呂の入浴料金が高いこと、周辺住民が継続的に利用しないこと、入浴目的が異ることをあげるが、これらの差異は営業の方法によつては変る可能性もあり、原告の主張するような絶対的なものではない。たとえば、大浴漕を備えたトルコ風呂が普通浴場(銭湯)と競争関係に立つ可能性があることは明らかであるし、東京都においては小規模のトルコ風呂が濫立し値下競争の結果三〇〇円の料金で営業しているものもある。一方、普通浴場(銭湯)の方も、近年設備は著しくよくなる傾向にあり、蒸し風呂やオゾン風呂などを備えたり、自動あんま器を置いたり、牛乳、ジユース等の簡単な飲物を販売しているところもある。トルコ風呂等の特殊浴場の中には普通浴場(銭湯)と競争関係に立つ可能性のあるものもあるから、特殊浴場であるからといつて適正配置に関する規定の適用がないと解すべきではない。
四、仮りに、府条例第二条第三号の解釈上、本件浴場については、それがトルコ風呂という特殊浴場であるということを考慮して、同号の「……特殊事情により知事が必要と認めたとき」の規定により、これを許可する余地があるとしても―元来、右にいう「特殊事情」とは、既設浴場との間が橋梁のない河川または踏切のない鉄道で遮断されているような場合をいうのであり、トルコ風呂等の特殊浴場であるというような営業の形態を指すものではないが―、右規定は単に行政上の裁量権を附与したものにすぎない。そうすると、たとえ、本件不許可処分について、右裁量を誤つた違法があつたと仮定しても、それは取消原因となり得るにすぎず、無効原因となるものではない。
結局、いずれにしても、本件不許可処分を無効とする原告の主張は理由がなく、また、これを取消訴訟とみれば出訴期間経過後に提起せられた不適法なものであることは前述のとおりである。
第三証拠<省略>
理由
――本案前の抗弁について――
一、法第二条、同法施行規則第一条によれば、大阪市において業として公衆浴場を経営しようとする者は、大阪市長の許可を受くべきものとされるところ、右許可は、講学上、警察許可といわれるものであつて、公衆浴場の経営に対する一般的禁止を解き申請者に対し適法に営業をなし得べき自由を回復せしめるものであり、申請にかかる営業は所定の許可基準に合する限りかならず許可さるべきものと解される。右許可の性質がかかるものである以上、違法に許可を却下された場合、申請者は原則として訴によりその適否を争い救済を求め得べきものと解するのが相当である。
二、しかるところ、被告は、原告において本件不許可処分のあつた後も引続き本件浴場の営業を継続しており、かかる無許可営業に対しても、現行法上、格別の行政処分をなし得ないのであるから、原告は事実上許可を受けたと同様の状態にあり、本訴によつて回復すべき利益を既に回復していると言い得るから、本件不許可処分の効力を争う法律上の利益を有しない旨主張する。
三、原告が本件不許可処分後も営業を継続していることは原告において自認するところであり、現行法上、無許可営業に対して何らの行政処分がなされるものでないことも被告の主張するとおりである。
しかし、現行法上、無許可営業に対し格別の行政処分がなされえないとしても、そのことは、直ちに原告が本訴につき訴の利益を有しないことを意味しないし、いずれも成立について争いのない甲第一、二号証、第一〇号証の一、第二五、第三九号証および乙第一号証と弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の不許可処分を不服として本件浴場の営業を継続していたところ、許可なくして公衆浴場を経営するものであるとして告発され、刑事責任を追求されていること、原告の許可申請が却下された理由は、既設浴場(銭湯)との関係で配置の適正を欠くという点にのみ存し、浴場の設備構造自体には何ら拒否さるべき事由はなかつたことが認められる。
とすると、原告は、もし、適正配置に関する規定を適用してなされた本件不許可処分が無効であるとすれば、本来、許可を得て適法に営業をなし得べき立場にありながら、これを否定され、違法に営業を営むものとして刑責を問われているものであり、また、営業を継続する限り、将来においても、法第八条、第二条一号に違反するものとしてその責任を問われるおそれがあるものと言い得る。そうだとすると、まさに、原告は、現に営業を行いかつ営業を継続する意思を有するからこそ、本件不許可処分の有効無効を明らかにし―たとえ、本件不許可処分の有効、無効を決することが、当然に被告の刑責の有無を決するものでないとしても―適法に営業をなし得べき立場にあることを確定する必要があるといわねばならず、このような場合には訴によりその救済を求める利益があるというべきである。
そして、原告が適法に営業をなし得べき地位にあることの確認を求める訴は現行法上認められておらず、現在の法律関係に関する訴によつてはその目的を達し得ないと解されるから、原告は、本訴につき行政事件訴訟法第三六条に定める原告適格を有するものと認めるのが相当である。
――本案について――
一、原告が昭和三七年六月六日被告に対しその主張の如く本件浴場の営業許可を申請したことおよび被告が、これに対し、原告の主張するような理由で本件不許可処分をなしたことについては当事者間に争いがない。
しかるところ、原告は適正配置に関する規定を適用してなされた右不許可処分は憲法第二二条第一項の職業選択の自由の保障規定に違反し違憲無効であると主張するので、この点について検討する。
二(本件浴場の形態について)
いずれも成立について争いのない甲第二、三、一五、一七、一八号証、同第九、一〇、一一、一六号証の各一、同第一二、一三、一四号証の各二、同第二二ないし三九号証および検甲第一号証の一ないし四ならびに証人広島英夫、同古野秀雄の各証言および検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。
(1) 法第一条にいう「公衆浴場」のうち最も一般的なものは、通常、銭湯と呼ばれる浴場であるが、これは浴場内に大浴槽を設けて不特定多数の大衆が間断なく入浴できるような設備を有するものであり、これを利用する者の殆んどはその浴場所在地周辺に居住する住民であつて、これらの者は労働の疲れをいやし身体の清潔を維持するため日常反覆して継続的にこれを利用していること、こうした意味で銭湯は周辺住民の健康の維持、保健衛生上その日常生活に必要欠くべからざるものであり、多分に公共性を伴う厚生施設としての性格を有しており、その入浴料金は、物価統制令の適用をうけ、一般大衆が継続的反覆的に利用するに親しむ程度の低額に定められていること(大阪府下において大人一回二八円と定められていることは公知の事実である。)
(2) 他方、原告の経営する本件浴場は、一般にいうところのトルコ風呂で、三〇室の個人浴室のみからなり、各浴室毎に蒸気槽、洋式浴槽、マツサージ台の設備があり利用者に対しては婦女が身体のマツサージ等のサービスをするものであつて、その入浴料金については物価統制令の適用はなく、昭和三九年三月当時の料金は一人一、三〇〇円であること、
通常浴場の如くトルコ風呂といわれるものは、その設備等に多額の資金を要するため入浴料金も銭湯のそれに比して高額にならざるを得ない現状にあり(一般にトルコ風呂の料金は銭湯の入浴料金の数十倍)、こうした高額の料金を徴する関係上、利用者の数は銭湯のそれに比して少数であつてその範囲も自から限定され、また、観光ないし娯楽の意味で利用されることも多く、その利用目的においても銭湯のそれとはかなり異なるものがあること、
そうした意味で、原告の経営する本件浴場は、銭湯の如く周辺住民により日常継続的に反覆して利用されるものでなく、公共性ある厚生施設というよりむしろ営利企業としての性格が強いものであること、
以上の事実が認められ、本件浴場の設備構造、営業形態等が銭湯のそれと相異することは明らかである。
三、(適正配置に関する規定の適用について)
ところで、適正配置に関する規定の趣旨については、公衆浴場は多数の国民の日常生活に必要欠くべからざるものであつて、多分に公共性を伴う厚生施設であり、その設立を業者の自由に委せた場合には、その偏在により多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便をきたすおそれがあり、また、その濫立によつて浴場の経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいては浴場の衛生設備の低下等好ましくない影響をもたらすおそれがあるからにほかならないものと解されており(最高裁昭和三〇年一月二六日大法廷判決参照)、右の点以外には浴場の設置を距離制限に服せしめる合理的理由は見出し難い。
とすると、適正配置に関する規定の適用さるべき公衆浴場とは右にいうように多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる厚生施設として公共性を有するような浴場に限られ、こうした公共性を有しない浴場には右規定は適用されないものと解するのが合目的々であり、また、職業選択の自由、営業の自由を侵すべからざる基本的人権として公共の福祉に反しない限りこれを最大に尊重すべきものとする憲法の精神にも合するものと解される。
しかるところ、本件浴場が附近住民の日常生活に必要欠くべからざるものでなく、右にいうような公共性を有する厚生施設としての性格を有するものでないことは前示のとおりであり、その利用者も銭湯のそれに比して少数であり範囲も限定されていること、また、それが、公共性の薄い営利企業としての性格の強いものであることを考えれば、こうした浴場の設立を合理的な業者の自主的判断に委せたとしてもその偏在によつて多数の国民に不便を与えるとか、濫立によつて衛生設備の低下を来すような不都合が生ずることは殆んど考えられない。また、一般の公衆浴場すなわち銭湯との関係においても、前示の如き両者の設備構造、営業形態等の相違に照らせば、銭湯の近くに本件浴場のようなトルコ風呂が設置されたとしても、それによつて、銭湯が経営上無用の競争を強いられ、その故に衛生設備の低下を来たし国民が保健衛生上好ましからざる影響をうけるようになるものとも認められない。少くとも、現在の銭湯やトルコ風呂の営業形態、設置状況に照らせば、本件浴場のようなトルコ風呂についてまで、浴場間の設置距離を制限するというような方法によつて、その設置を規制しなければ、これに因り必然的に国民の保健および環境衛生上好ましからざる事態を生じ公共の福祉に反するに至るものと認むべき理由のないことは明かである。
原告の経営にかかる本件浴場が、公衆浴場の一種として公衆の入浴衛生上の見地から、その設備等の衛生管理上の面からの規制をうけるのは格別、これに対し配置の適正を理由にその設置を場所的に制限することは公共の福祉を維持するために必要なものとは認められず、かえつて個人の職業選択の自由を保障する憲法の精神に適合しないものと考えられる。
そうだとすると、本件浴場のようなトルコ風呂については、法第二条の適正配置に関する規定およびこれに基く府条例第二条の距離制限の規定はその適用を排除されるものと解するのが相当であり、被告において右規定を適用してなした本件不許可処分は明かに法律の適用を誤り、ひいては、原告の職業選択、営業の自由を著しく不当に制限するものといわねばならない。
四、しかして、右の如き重大かつ明白な誤りは単に本件不許可処分を取消しうべきものとするに止まらず、これを無効ならしめるものと解するのが相当である。
よつて、本件不許可処分の無効なることの確認を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 亀井左取 今枝孟 上野茂)